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龍馬・幼年期
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■場面4 龍馬誕生
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左から、 栄、千鶴、乙女、幸/龍馬、八平、権平。 |
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龍馬の父・八平直足は、城南・潮江村の「山本覚右衛門」の次男で、坂本家へは16才の時養子として入籍した。「人となり純直、躯幹長大、弓・槍術をよくし、能書にて和歌に長ぜり」と評され、特に槍は免許皆伝の腕前であったと伝えられている。龍馬はこの人の血をひいたのであろうか。 坂本八蔵の1人娘・幸と八平との間に最初に誕生したのが、「大蔵」(後に左吉、権平と名の変わった)龍馬の兄である。この兄は龍馬とは親子程の年齢差があった。権平誕生の時、父・八平18才、母・幸17才であった。 その後、女「千鶴」、女「栄」、女「乙女」、末子として「龍馬」が誕生することになる。 天保6年(西暦1835年)11月15日、龍馬誕生。11月10日生れとの説もある。母・幸はお産の前に、龍が真紅の炎を吐きながら胎内に躍りこんだ夢を見たと言う。父・八平はこの話を聞き、歓喜して「龍馬直柔」と名付けた。 誕生時、龍馬は顔中一面に黒子があり、背中には馬のたてがみに似た毛が密生していた。 龍馬誕生の時、父・八平39才、母・幸38才、長男・権平21才、長女・干鶴19才、次女・栄(不詳)、3女・乙女は4才だった。 母・幸は2女出産の頃から乳が出なかったのか、おやべと言う乳母を家族の一員として迎え入れていた。龍馬はこの乳母・おやべの保育によって幼少時代を過ごしている。 成長した龍馬が旅先から送った書簡の中には、おやべを案じる真情の吐露されたものがある。 | |
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■場面8 落ちこぼれ、寺子屋の龍馬
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左から、 楠山庄助、3番目堀内某、4番目龍馬。 |
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龍馬は、姉乙女の厳しい教育に耐えながら、12才の時、家から3丁程離れた小高坂の「楠山庄助塾」ヘ強制的に入塾させられた。母・幸が亡くなったのはこの頃である。塾通いの初日は泣きながら中途帰宅したと言う。塾は漢書の素読などを行なっていたが、龍馬はこの塾の環境になじまず、あくぴをしたり鼻をほじったり・・・半年後には退塾している。「覚えが悪く、ついていけず、どうもならんので退塾させられた」と、現在の「落ちこぽれ」の評価を受けているが、理由は別にあったようた。 ある日、塾内で上土の子と口論となり、カッとなった上土の子(堀内某)に脇差しで斬りかかられた。龍馬がとっさに文庫箱の蓋をとって防御したのと、塾友の協力で大事には至らなかったが、上土の子はその罪科によって退塾させられた。それを聞いた龍馬の父が「龍馬にも罪がなかったとは言えない」として退塾させたのが真相らしい。えこひいきのない厳父の人格と、無用のいざこざを潔しとせぬ坂本家の穏忍の家風がしのぱれる。 その事件以降、龍馬は決して正規の学間を受けようとはせず、独立独歩自らを鍛え続け独学で知識を吸収していく。 50才で妻に先立たれた父・八平は後添えをもらっており、龍馬はこの継母と数年間を過ごしている。龍馬はこの頃から、次第に涙を見せぬ男として育って行った。 | |
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